講義、書籍や論文など、テキストを媒介にしたカリキュラムの配慮についてはノウハウが確立しつつある一方で、理工系を中心に、身体の感覚や運動機能が求められる実験や実習場面での支援は世界的に見ても立ち遅れています。例えば、科学教育では視覚に依存する教材がほとんどであり、視覚障害者のバリアとなります。また車椅子の利用者は、実験機器や設備の多くを利用することができず、安全管理が適切に行われているとはいえません。その結果、国際的に、理工系分野を選択する障害学生の割合は少ないことが知られています。実際、障害学生支援の領域においても、理工系への進学を希望しているにもかかわらず、バリアの存在によって進路を変更する学生も少なくないのが現状です。こうした状況は、差別解消法や雇用促進法のもと、障害のある学生のみならず教員・研究者に対しても、合理的配慮の提供義務を負う大学にとって、大きな課題になっています。また「誰一人取り残さない」というSDGsの理念からも、大きく逸脱している状態です。
2006年に国連で「障害者の権利に関する条約」が採択され、2014年に批准した日本でも2016年に「障害者差別解消法」が施行されました。それとともに、大学に進学する障害学生の数は10年間で4倍に増加しており、本学でもバリアフリー支援室を中心に、障害のある構成員の機会均等を実現するための環境整備や合理的配慮が進んでいます。
本事業では、東京大学において、理工系分野における、障害学生や障害教員の学習、研究を支援するインクルーシブな科学環境の整備を実施します。このため、以下の4課題を実施します。
先端研では、多くの学問分野が集まる文理融合の拠点であること、先端の研究を行う障害当事者が多く在籍することから、本事業の実施には最適な場所になります。また、バリアフリー支援室・環境安全センターを通じて、各部局との連携を速やかに行うことも期待できます。これまで、障害学生の実験に対する合理的配慮は、熱心な教員による個別の取り組みに終始しており、科学実験における障害者の合理的配慮において組織だった取り組みはありませんでした。本事業は、科学教育の合理的配慮のために体系的に取り組む、国内で最初の事例であり、環境構築のためのモデルを提示することができると考えています。