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熊谷 晋一郎
熊谷 晋一郎
KUMAGAYA Shinichiro
東京大学 先端科学技術研究センター 当事者研究分野 准教授
脳性麻痺
私は、新生児仮死の後遺症で、脳性まひという障害をもっています。電動車いすを利用しており、トイレや入浴、着替えなど、身の回りのことのほとんどすべてを介助者に支えられながら暮らしています。その後、小児科医として臨床を10年くらい経験しました。これまでを振り返ると、当事者の知と専門家の知の両方に触れてきましたが、その両者がもっと相互に理解し合い、協力し合えないだろうかと感じてきました。

こうした背景のもと、従来は研究対象の位置に置かれてきた障害や病のある当事者が、研究者の側に立つことで、研究をよりインクルーシブなものに変える活動をしています。こうした問題意識は、当事者がリードし、専門家とともに研究活動を進める「研究の共同創造」(Co-Production of Research)の重要性が、2018年10月に雑誌ネイチャーで特集されるなど、国際的にも重要なトピックとなりつつあります。

これまで、日本固有の共同創造ともいえる「当事者研究」について、依存症、慢性疼痛、自閉スペクトラム症への応用などを精力的に行ってきました。最近では、子育て、仕事、アスリート等、障害や病気以外の苦労にも、当事者研究の応用範囲を広げつつあります。

また、2018年10月からは、東京大学の中に User-Researcher(当事者研究者)制度を設置しました。さらに全学的な取り組みとして、2017年4月以降バリアフリー支援室長を務め、障害のある学生や教員、研究者の教育・研究活動への平等な参加を実現すべく、学内多部署と連携しながら支援を行っています。
主な活動
②『当事者でもできる研究から、当事者だからこそできる研究へ』
東京大学では、当事者と専門家による研究の共同創造を進めるための取り組みを始めています。2018年10月からは学内基盤整備として「ユーザー・リサーチャー制度」を開始し、様々な障害やマイノリティ経験を持つ研究スタッフが、自らが直面してきた困難や社会問題を出発点とした研究を行っています。 英国などでは精神障害の領域で実装されている、当事者視点を活かした研究をアカデミアにもたらすことを目的としたユーザー・リサーチャー雇用制度を、国内では初めて多様な障害領域で開始しました。 聴覚障害のある牧野さんは、公益財団法人ECOMO 財団助成事業に採択され、機内快適性に関する尺度を開発、廣川さんは「バリアフリー演劇」など、舞台芸術の情報保障についてのアクションリサーチーを進めています。 発達障害のある 喜多さん は、内閣府 ESRI 国際共同研究事業のもと、「当事者研究の導入が職場の創造性に与える影響に関する研究」を行いました。 知的障害とPTSDのある唯さんは、法務省委託事業として札幌女子刑務所内に設置された回復支援センター構想に参加しています。
④『誰もが当事者になるインクルーシブな職場』
メンバーがそれぞれの可能性を発揮できる組織文化の重要性は、普遍的なものです。最近の研究では、他者とのやり取りを通じて正確な自己理解を求め続ける1) 謙虚なリーダーシップ(humble leadership)がメンバーの創造性(creativity)を促進すること、そして、2) その促進効果は職場の心理的安全性(psychological safety)によって媒介されること、さらに、3) その媒介効果は知識共有(knowledge sharing)によって修飾されることが報告されています。 他方、正確な自己理解をテーマとする当事者研究では「経験は宝」というスローガンのもと、積極的に症状や苦労、失敗談といった「弱さ」を情報公開し、苦労のメカニズムや対処法をグループ全体で研究します。弱さや失敗は責められるべきものではなく、グループ全体に新しい知識をもたらす貴重な研究資源と位置付けられ、心理的安全性の向上につながります。また、研究を通じて新たに得られた知識がグループの中に蓄積されていくことで、知識の共有が可能になります。 このようにしてみると、当事者研究を導入することで、リーダーの謙虚さや、心理的安全性、知識の共有が促進され、人々の創造性や組織の力を高める可能性があると考えられます。これは、企業が取り組んできた多様性のマネジメントの取り組みとも、共通する部分が多々あるはずです。私たちは、組織に当事者研究を取り入れることで、こうした組織文化が実現するという仮説のもと、情報交換と仮説検証を行っています。また、東京大学エクステンションに新設されたインクルーシブ・デザイン・スクールにおいて企業向け「当事者研究導入講座」を開講しています。
⑤『アスリートの知られざる困難とそこから学べるもの』
トップアスリートは、能力主義や競争原理の中で心身を消耗し、ピーク期や現役を引退した後、新しい人生の目標を再構築することに困難を経験することがあり、成績向上やメダル獲得という短期的視野だけではなく、長期的かつ全人的なスケールで、アスリートのサポートを考えることが重要です。そこで得られた知見は、中途障害者や現役引退後の高齢者のサポート、長期的視点に立った子どもの教育など、広範な射程を持つものと考えられます。 また、薬物依存症の自助グループに蓄積された支援の知恵は、アスリートにも多いといわれる依存症の問題や、ドーピング問題を考える上で有益であるだけでなく、メンタルヘルス上の困難を否認しがちなアスリートの中にある、依存症・精神障害へのスティグマに介入することの重要性を示唆します。 本プロジェクトでは、障害、アスリート、依存症という関連する 3分野を交差させつつ、過度な能力主義や成果主義、競争原理が人間や社会に与える影響を多面的に明らかにし、全人的かつ長期的なアスリートのサポートについて考えます。またその知見を活かして、日本障がい者スポーツ協会と東京大学による「パラスポーツ先端研究・教育連携プロジェクト」に参画し、「ジュニアパラアスリート向けガイドブック」の作成をすすめます。
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